1Week。

ガッキー初体験で全開!“オールナイト”で大興奮&大感激!
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=358568&media_id=42

昨日はニッポン放送で「TOGGY'S BAR ボナセーラ!セニョリータ!」の収録。番組ディレクターのK氏は、僕の番組収録の後ガッキーのオールナイトをディレクションすると言っていた。オトナの番組のあとにガッキーとはなかなか洒落てて面白い(笑)。ホントは僕も会いたかったりして。。;

夕方のフライトまで時間があったので、友人と合流。

前夜に訪れたBarのマスター曰く「日曜の銀座は美味しい店が閉まってる」

で、勧めていただいたのが昭和9年創建の歴史的な「ビヤホール・ライオン」

シドニーに住んでいる時に毎日のように飲み歩いた友人2人と本当に久しぶりの対面。宮古島出身のTさん(15年振り)は、朝から飲んでたらしくただの酔っぱらいだった(笑)。ソーセージに生ビール。昼間からTさんが次々にオーダーして、結局僕は4杯も飲んだ。

羽田までNさんの運転で送ってもらい、再会を約束する。

スターフライヤーは第一ターミナル出発。
ここのラウンジはゆったりしててお勧め。

ゆっくりしすぎてバスが行ってしまい、ワゴン車で移動。
黒の革シートで爆睡した。

土曜日の夜8時前、スターフライヤーで東京着。機内でサービスされるタリーズコーヒー&カレ・ド・ショコラもオトナ感満載で美味しかった。

Dr.COPAさんと銀座で落ち合う約束だったが、先生・・名古屋行きの新幹線の中。忙しすぎる人は自分のスケジュールが把握出来てないみたい(笑)。

ホテルでカーナビプロジェクトを一緒に進めているM社のO社長と合流。
近くをプラプラしてIndian&Italianという看板のなかなか味を出しているレストランへ。タンドリーチキンやインドメンチなんかをつまむ。締めはココナッツと海老のカレー。

それから街を2人でブラブラ。

今夜のテーマは
  「持ち前の嗅覚を信じて知らない店へフラっと入ってみる事。」

浜松町から裏通りをジグザグ歩き、イタリア街を通り抜け高層ビルを見上げながら歩き、気づけば新橋を通り過ぎ銀座だった。途中何件か様子をうかがいながらのナイトウォーキング。

で、まさにプラッと入店したのが8丁目の「Bar B-2」

白髪交じりのマスターが笑顔で迎えてくれ、カウンター席のお客さんも常連風。
快くカウンター席も詰めていただき、そこへ座る。

B-2は「Basic Bar」の略なんだそうだ。

1杯目は、病み上がりなので薬酒系でと話したところ、サーブされたのは
40年モノの「ガンチア・ベルモット・ロッソ」

旨い。トロミがあってまろやかだ。

オーナーバーテンダーの池本さんは帝国ホテル勤務の後、英国で修行。1ヶ月の休暇を利用してスコットランドの蒸留所を自転車で巡った事もあるという。

連れが「マッカラン」をオーダーした事から話が弾み・・・
こんなモノまで見せていただく

「マッカラン 1938・1940・1950・1967・1973・1987木箱セット」

1938はショットで8万円、僕の誕生年’67でも2万円するという。
尋ねてみてホント良かった(汗)。

この木箱、自宅に戻って楽天で探してみると・・・148万円!

店が掲載されている雑誌を見せてもらうと、そこには加山雄三さんのサイン。「幸せだなぁ~」

常連さん達(江戸川○歩のお孫さん、銀座の鮨屋オーナーetc…)がチェックを済ませ、店は僕ら2人だけに。

すると池本さん更に饒舌に! シングルモルトの話を聞きながらマッカランの18年と同グランレゼルヴァの飲み比べ。僕はトワイスアップで楽しんだ。
イギリス時代の話をしてるうちに「今夜は楽しいから久々に披露しましょうか。」と、ダイスカップを取り出して来た。

昔のバーテンダーはテーブルゲームや簡単なマジックなんかでお客さんとコミュニケーションをとっていたし、シェーカーの練習にもなるダイス技は必須だったのだそうだ。

5つのダイスが、革製のダイスカップに吸い込まれ最後には縦に積み重なって目の前に現れる。僕らが喜ぶのでマスターの目も真剣、荒技披露にまで発展し店中にダイスが飛び回る。

そう言えば、この店に来てカクテルをオーダーしていない。

最後の1杯に、ブラッディ・メアリーを注文した。

「BMは一番シェークしなきゃイケないの知ってて、流石だなぁ」
なんて言われると嬉しい。接客術も最高なのだ。

英国仕込みのBM。心の底から美味しいと思った。

店の外までお見送りいただき、深々と頭を垂れて動かない。
これが銀座なのか。ここに男の美学がまだ残っているのだ。

時には自分の嗅覚を信じて飲み歩くのも良い。

僕にとって太陽のような存在だった2人の命日が同じ日。

土曜の朝から車を出し親戚を拾って実家へ。墓参り後、祖母の3回忌法要。
実家のお座敷は久々に賑やかになり、祖母も喜んでくれただろう。
僕はドライバーに徹していたので、酒&刺身(これは体調不良の為)は遠慮した。

この法要があった為、先日突然逝ってしまったカメラマンD氏のお別れ会に参加出来なかった。宗派は違うかもしれないけど、読経の間は彼の事も考えていた。僕のオフィシャルサングラスが出来上がった時、真っ先に気に入ってくれて購入してくれた事。TV番組のスチール担当だったので彼の作品はHPでも使用されていた。プロフィール写真も撮ってもらった。大正通りで良くクルマですれ違ってクラクション鳴らしてくれた。マイミクだった彼の何気ない写真とコラムが好きだった。今でも信じられないけど、ただただ冥福を祈るばかりである。「今度ゆっくり飲みましょう!」というメールが最後だったのが悔やまれてならない。

親戚を小倉駅と自宅へと送り届け、一旦帰宅。

着替えて北九州空港へ。今回東京へはここからスターフライヤーを利用した。

                            つづく…

福岡県が感染性胃腸炎流行発生警報発令中。

4日の火曜日。前日からスペシャルWEEKに突入したラジオ番組に気合いを入れ、精も根も尽き果てたので某中華料理店で夕食を摂りながらADハニーと明日の打ち合せ。2人の合計体重218kg(僕は75kg)!

オーダーしたのは・・中華丼&卵スープ、牡蠣湯麺、焼そば、ギョウザ。

これを2人で取り分けながら番組内容確認作業。
牡蠣湯麺を食している際、牡蠣を飲み込む寸前に
             「サザエの腸の様な味」がした。
単純に「高級な牡蠣を使ってる
んだなぁ」なんて思いながらゴクン。。
「オッ?ちょっとドブ臭さがあったなぁ。」おそらくこれが原因であった。

その後行き着けのBarに寄り、赤ワインで消毒。

翌朝

アラームが鳴る前に、胸焼けのような胃もたれの様な妙な感覚で目が覚めた。
「飲み過ぎたかな?いや赤ワインボトル半分くらいしか飲んでない。」
胃がキリキリ痛む。なんだか口の中がドブ臭い。んっ?ドブ?

身体が重い。白血球値が12000に達した時くらいダルい。でも生放送。

朝食を摂る気にはもちろんなれず、液キャベと腸まで届くビフィズス菌ヨーグルトと日本茶を飲んだ。

朝9時、喋り初めてからどんどん具合が悪くなってゆくのが判る。
熱も出て来て、兎に角吐き気がする。原稿にピントが合わない。
その後は良く憶えていない。

オンエア後すぐに自力で病院へ。
古いマニュアルシフトのスポーツカーはこんな時運転するもんではない。
が、スケジュール上仕方ない。
診断結果は「ウィルス性胃腸炎」

1時間点滴を受け、なんとか吐き気は収まりTNC放送会館へ。
TVナレーションは短時間勝負だし、点滴直後という事もあって無事終了。

事務所に車を戻し、タクシーで天神スタジオへ。
宝くじ買うなら12/6だとコパさんが番組で教えてくれたので、牡蠣に当たったついでに購入。本当はそんな余裕ない筈なんだけど。

夕方オンエアの3時間も、DJ生活11年目にして史上最悪。
何を喋っていたか、ほとんど記憶にない。

終了後、再び病院で点滴。 その間、夢を見て魘されていた。

その日の食事「アップルパイと林檎半個、そして大量の常温ポカリ」

ゲスト・スタッフの皆様、そしてリスナーの皆様大変ご迷惑をお掛けしました。牡蠣は大好物なので止めませんが、今回購入した宝くじが当選した暁には、何らかの還元方法を検討します。なんちゃって。

調理師の免許取得の際に学んだ「食品衛生学」。もう一度読み直そう。
ノロウィルスの感染例も出てるそうです。くれぐれもご注意ください!

先週の日曜日から、あっと言う間に1週間。
充実してるので不満がある訳ではないが、そろそろ疲れもピークである。

HP雑記帳更新ノートの役割も果たしているので、長文失礼しまぁ~す。
                          by 渡辺篤史

2日の日曜日は「タマホームスペシャル 福岡国際マラソン応援ステージ」
朝6時半に起きて北九州~福岡オフィス~大丸福岡天神パサージュ広場に9時半入り。会場は陽が差さず風が抜ける寒冷トンネル。途中マラソン実況が2時間半あったが、オンエア&イベント自体は11時から17時まで。ランチタイムはクライアントの皆様と「てら岡本店」にて昼懐石。TOYOTA九州のサムエル・ワンジル選手が大会新記録で見事優勝。僕の背中はパキンパキン。トイレは大丸地下まで。「エスカレーターの手摺を持ってください」と自分に言われる。番組打ち上げは「もつ鍋・慶州」ゲストの永山尚太&やどかりも含め20人程で味の濃いオジヤまで平らげた。その後、春吉「ミツバチ」に移動。S社長率いる「Basement Group 20th Anni. Party」にプレゼンテーターとして参加(ルシアンペラフィネの真っ赤なカシミア着て)。 抽選会終わった後も深夜までリバーサイドテラスで飲み続ける。帰りはどしゃ降りの雨だった。